バーと時計と二人の女

毎晩遅くまで残業に追われる郁美にとって、ホッとできるのは仕事が終わったあとに一杯飲むひとときくらい。
今夜も会社近くのバーで飲んでいる。隣にいるのは同僚の律子だ。彼女は郁美より二年後輩だったけれど、気の合う友人でもあり、相談相手でもあり、なにより独身の同僚が周りから少しずついなくなる中、二十年近くも職場で共に過ごしたある種の同志でもあった。
最近の仕事の話などをひとしきりした後、少し間をおいて律子が言った。
「今日私ね、ご褒美を身に付けているの」
「え? 何だろう」
「これ!」
律子は少し自慢げにジャケットの左手の袖をまくって手首を見せた。
「買ったの、自分へのバースデープレゼント」
そこには真新しいブランド時計が輝いていた。黒い革ベルトにスクエアな文字盤が、勝気な律子にとてもよく似合っているように思えた。
「へー、清水の舞台から飛び下りたわね」
「そこまで大げさじゃないけど……。まあ、これくらいはね」
それはひと月の給料全てを使ってやっと買えるかどうかというような値段だったようだ。でも一所懸命働いた自分へのご褒美にこれくらいしたっていいよね。たった一人で頑張って生きてるんだからさ。そういう律子の思いに郁美も心から共感した。
そう、誰も頼らずに、私は私自身が作り上げた足場の上で必死に生きているんだ。たぶんこれからもきっと。そして時として確認したくなるんだ。私、頑張っているよね、って。
バーのダウンライトに照らされて光る時計の針を見つめながら、律子は二杯目のカクテルをおいしそうに飲んだ。

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